かわいいピアスを見つけました。
モチーフの金魚は絶妙な透け感でどこか神秘的で、よく見るとそれは薄い紙で作られているようです。
気になって調べていると、それは日本三大和紙のひとつと言われる美濃和紙で作られたピアス。販売しているカミノシゴトは、岐阜県美濃市に実店舗を持っている美濃手すき和紙専門店でした。
1300年前から続く美濃和紙で作るプロダクトについてお話を伺いたいとお伝えしたところ、それならば職人さんとお話をしてみてはと、カミノシゴトで折り紙ジュエリーを展開しながら、和紙の作り手である美濃手すき和紙工房Corsoyard(コルソヤード)さんを紹介していただきました。
そうしてお話を伺ったのは、Corsoyard代表で紙漉き職人の澤木健司さん。和紙づくりの職人さんが、どんな思いで紙を、ピアスを作っているのかと聞いてみると、手漉き和紙や自らが発信することへの思いなどを教えてくれました。
山と川のきれいな土地で、ものづくりがしたかった
――まずは澤木さんが美濃和紙の職人になろうと思ったきっかけを教えてもらいたいです。
澤木健司さん(以下、澤木さん):そもそも僕は紙づくりがしたかったわけではないんです。
高校卒業後の進路に悩んでいたとき、卒業後は山と川のあるところでものを作る仕事をしたいと考えていました。そのときに美濃和紙職人の研修生を募集する記事を新聞で見たんですね。僕は美濃市のふたつ隣、可児市で生まれ育ちました。幼い頃に川遊びにも来ていた美濃市は自然が豊かだし、広い意味で地元という感覚。
美濃和紙職人の後継者が足りないと知って「人手が足りないならやってみるか」と思って高校卒業後に美濃市に和紙の作り方を学びに来たんです。
――それから職人さんになられたんですか。
澤木さん:4年ほど師匠のもとで修行をした後に開業し、途中、紆余曲折あって名古屋に出て別の仕事をした時期もあります。でも、やっぱり山と川のあるところでものづくりをしたいと思って、もう一度紙づくりに向き合うことにしました。それから2012年頃にこのCorsoyardの工房を建てて、今に至ります。
手間も時間もかかる昔ながらの紙づくり
――公開しているYouTubeを拝見しました。とても水がきれいな地域なのだと感じました。
澤木さん:そうですね。美濃市は山間部です。美濃市を縦に流れる長良川などの清流もあって、僕も子どもの頃から父と鮎釣りに来ていました。
水がきれいなところでしか紙づくりはできないし、美濃市を含め、現在紙づくりが盛んな地域だけではなく、昔はいろんな村や町の水がきれいなところで紙が作られていたと聞きますね。
――Corsoyardさんの紙づくりを見ていると、紙と自然は切っても切れない関係なんだなと感じました。
澤木さん:紙はナマモノです。原料は楮(こうぞ)という木の皮だし、水もたくさん使うから管理を怠ると腐ってしまいます。
そういう作り方が悪いと言いたいわけではないので、そこは誤解しないでもらいたいのですが…、普段の生活で使う紙や「和紙」と書いて売られている紙の多くには、化学的なものや保存殺菌剤のようなものが使われているため、腐ったり悪くなったりはしにくいのです。紙がナマモノと気づきにくいかもしれません。
一方で、保存殺菌剤などの薬品を使わずに、オーガニックな原料で昔ながらの紙の作り方をしているCorsoyardが漉くような紙は、気温や水温、湿度などを一層気にしていないとどうしても腐ってしまうんです。
それに昔ながらの手漉きに近い手法で作る紙は、作り始めてから完成まで2週間以上の時間がかかります。機械で作られる紙の何倍も、手間も時間もかかるんです。そのため、昔ながらの方法で作る紙が機械製造の紙と同じ市場で戦おうとしても、価格競争などではどうしても太刀打ちできません。
だから僕らが作っている紙を後世に受け継ぐには、これまでにない方法で手漉きの紙を、Corsoyardの紙を知ってもらわないといけないと感じていています。
「かわいい、素敵」の先で紙づくりを知ってもらえたら
――カミノシゴトで販売されている和紙アクセサリーには、運営元の家田紙工株式会社さんが自社製造している商品もあるとのこと。家田紙工株式会社さんや他の和紙職人と一緒にパリのクラフトフェアなどで展示するために開発と販売をはじめたそうですね。Corsoyardさんのアクセサリーも、手漉きの紙を知ってもらうひとつのきっかけとしてはじめたのでしょうか。
澤木さん:そうですね。Corsoyardで作っている折り紙アクセサリーもカミノシゴトに置いてもらっています。紙のアクセサリーを売りたいというよりは、「手作りの紙ってこんなに素敵なものができるんだ」って思ってほしいんです。買うときは「かわいい、素敵」と感じてもらって、その後で「美濃で手で作った紙なんですよ」と知ったときに驚いてもらえたら、それでいいと思っています。
アクセサリーを手にとってもらった先で、もし手漉き和紙を使いたいと思ったときに「このアクセサリーを作っているところにお願いしよう」と思ってもらえたらそれが一番うれしいですね。
――アクセサリー以外にも、YouTubeで折り紙の発信を拝見しました。紙漉き職人の有澤悠河さんは、折り紙作家さんとしても活躍されているんですね。
澤木さん:僕自身は紙の作り手ではあるけど、使い手ではないんです。でも有澤は、折り紙作家であり、紙の使い手でもあります。紙の作り手として手漉きの紙を広めることと、使い手として折り紙作家の活動でできることがあるんじゃないかとお互い感じたんです。
――最近は折り紙のYouTube配信に特に力を入れていると感じました。
澤木さん:そうですね。これまでは日本の伝統工芸や手漉きの紙を好きな人や元々興味を持っていた人がうちのYouTubeを見てくれていたんです。でも、今は折り紙好きな人たちにも手作りの紙を見てもらいたくて特に力をいれています。
というのも折り紙作家の人たちは、たくさん折っても破れたり、形が崩れたりしない紙を求めているんです。一般的に流通している折り紙では、複雑な折り方を繰り返すともろくなってしまうので、折り紙の裏にアルミホイルや別の紙などを張り合わせて、紙そのものを自作している作家さんもいるくらいです。それこそが有澤が紙の作り手になりたいと思ったきっかけでもあるんですね。
折り紙が好きで、紙を探している人たちに「この紙すごく良いんだよ」と紹介するよりも、素敵な折り紙の作品を見て「すごい、作ってみたい」と思ってもらう発信のほうが、折り紙好きな人にもそうじゃない人にも、より多くの人に届けられる動画になると思ったし、そうだといいなと思ってYouTubeの動画を作っています。
未来のために今、自ら発信する
――未来の紙づくりのために、これからどんな取り組みをしようと考えていますか。
澤木さん:月並みな言い方ですが、これまでにないことをやらなきゃいけないし、誰もやってない分野に切り込むしかないと思っています。これまで紙づくりに関心がなかった人たちや紙を求めている人たちに出会うには、まず自ら動いて発信をしなければ気づいてもらえないのが現状です。
どうしても美濃のこの山の中で紙を作っている以上、僕が日本中、世界中を常に歩き回って営業するのは現実的ではありません。商品となる紙を作らないといけないし、2020年の今は特にオンラインでの発信が大事だとも感じています。
あわせて最近は有澤のおかげもあり、紙ではなく折り紙の折りの設計のご相談を受けることも増えました。設計の納品にCorsoyardの紙が直接関係していない場合もありますが、折り紙作家であり紙漉き職人である有澤が、お客様のご要望に合わせて折り紙の設計を承ることがCorsoyardの活動のひとつとして知られてきています。
そういった紙づくり以外の取り組みを進めていく未来で、いずれ、紙が必要となるシチュエーションが生まれてくると思っています。ひとつひとつの取り組みがCorsoyardの紙づくりの発信となると考えているので、今はCorsoyardだからできることであれば、紙づくりに直接関わらないことでも全部チャレンジしていきたいです。